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白井晟一のエセー 「すきな色」

 『白井晟一研究』の『后戮魯轡蝓璽困虜能巻で白井晟一の没後一年目に出版されたが、先行する四巻とは異なり10篇の白井晟一論で構成されている。その巻頭で白井晟一の未発表のエセーを2編掲載した。従ってエセー集『無窓』には掲載されなかった草稿的なもので、かれが生きていれば推敲を重ねて発表することになっただろうと思われるので、未完成の草稿である。没後5年目に出版された『白井晟一全集』には再録され、このブログでも2011年の9月にアップしたものの再録である。
 

 

 

                  好きな色

 

「すきな色」が色見本を開いて語れるなら大部ではあるがひさしく国際的に評価されているマンセルのような色名帖の番号を示すだけで話はしまいである。しかし「すきな色」の問はおそらく、あなたがたの夫々独自な生活のなかの「すきな色」を語れということにちがいない。
 いずれにしてもここではスペクトルかエレクトロニクスといった科学的分析、演繹は問題ではないし、観念の中のいはば抽象の色まで対照とするゆとりはない。
 わたしにとって抽象でない色。それはまず「もの」の記號だという命題からでてゆくよりない。すでに「もの」自体、模糊として無際限、しかも不安定な概念だが、とにかく森羅万象がわれわれに対決してくれるのに欠くことのできないのはこの記號である。つまり「もの」が歴史時間と知覺環境のうちで具体としてとらえられるには、この色というモメントなしでは認識にも観照にもまた「用」にも達することはできないということである。つまり「もの」は色をもってはじめて「もの」となり、また色は「もの」の記號となってはじめて成立する。端的にいえば色は「ものの色」だということである。
 こうして色がわれわれの想念の中でも、あるいは夢の中でさえも「もの」の記號としてあるよりないとすれば、全宇宙系列の中で生命としてあるかぎり、われわれの知覺風景の中で、色は圧倒的で、万象の意味に宿命のような絶対の比重をもっているにちがいない。
 わたしは建築家だから土、金属、コンクリィトあるいは硝子の色から目をはなすことはない。しかしその色は建物を形成する材質、即ち「もの」の色であって、平常それらの色だけを抽象して意識することなどないといってよい。われわれの生業と直接関係のない人にも、壁の土や木肌の自然な色合いの魅力に憑かれたという話をよく聞くのだが、印象として浮かぶ色はすでにその材質に溶解してそれと一体になっている色を見ているのだと思う。
 さて「すきな色」への素樸な答えに、私には「青」がある。李朝大壺の白も天目窯変の黒も、そしてイベリヤの血と砂から連想する情熱の赤も「すきな色」にはいらぬわけではないしすてがたいが、敢えて一つを問われれば「青」と答えよう。
 もちろん概念の「青」ではない。ある特定の「もの」の記號としての青である。それは深々と碧をたたえた清澄なな水の青だし、ペルシァンブルゥといわれる中近東の古い焼物やモスクのタイル壁の青釉から、藍草を絞って気の遠くなるほど染め重ね、原材(麻、絹、木綿など)の髄まで醇化して底光りがしている濃紺。またロココシャトウの青灰色に塗られた居室の情感あふれる内壁などひさしくあやかりたかった青のたたずまいだ。理想の色といわれる蒼空や紺碧の海という自然の青もあるが、「もの」の記號となる色はそのバックグラウンドにある風土と文化の質が滲みだしたものというより他ない。
 東洋の色と西洋の色とには本質的な違いはあるが、ともに古代からの長い歴史時間の中で、無限な可能性をもちながら微妙に変化、顕現してきたいはば歴史を含んだ色である。
 おなじ東洋の赤といっても、朝鮮李朝工芸の愛撛掬すべき赤は、江戸文化の爛熟が育てた赤から発見することはできないし、グレコロマンのスタッコ壁画の赤を、ルネサンスやバロック名匠の作画から探しだそうとしても無駄だと思う。
 どんな色も人間と歴史の中で生れたいはば一期一会ともいうべき所産だから、それぞれある文化時代の最も顕著な象徴となる記號だといえるのではないか。こうしてたとえばわれわれが生息している都市さえ、その外貌を構成する色の品格の程度によって否応なく、その文化の質と水準が語られてしまう。
 この老究にとって地獄、極楽の彼岸はせまっているというほかないが、生きているあいだなやまされつづけたこの色、幽明を異にしてまだこの色と無関係ではありえないだろう。閻魔廟の炎か、楽園浄土の瑠璃玉楼か、これもまた赤と青。
 それにしても青は「希望」の色だとはよく言ったものだ。

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