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聞書・創造の鼎 白井晟一の遺した言葉 
 一つまえのブログで触れたように、瀬底恒氏が企画して掲載したものと思われる「聞書・創造の鼎」は白井晟一全集の別巻に収録しているが、この本も手に入りやすいものではなくなっているので、ブログの場で再録させて頂くことにした。竹中工務店の雑誌 approach の1982年の春号で、この雑誌はクライアント向けに作られてきたものと思われるが、白井は明らかに建築の製作に関わる、建設会社の若い人々に向けて語っている。この企画は銀座の鰻料理店「竹葉亭」で開かれたもので、最後に記されているのはその座敷に掛けられた軸や鰻の蒲焼をめぐってのものである。

 
                         創造の鼎

 建築とはどういう仕事なのか、どんな人間関係でできていくものなのか、もう一度考えてみる必要がありますね。われわれが建築をやるのに、まず需要者がいる、そして設計者がいて施工者がいるわけですが、これはちょうど鼎の三本足みたいなもので、それぞれが他の二本の脚や全体のことを見ないで、自分の目先の利益だけを考えていたのでは成りたたない。この三本がひとつになって良いものをつくっていくんだという、確たる出発が最初にあるようでなければだめです。われわれが生きているこの時代や社会の質になるものは、三者がひとつの力になり、全うしてはじめてクリエイトされうるんだということですね。

 まず需要者ですが、資金を出して、数字に現れるだけの利益に還元されさえすればいいんだというのではなくて、設計者や施工者と一緒に、自分たちの文化の内容になるものを、つくっていくんだという自覚が必要です。設計や監理を建築家に依頼するというのは、そういう義務や責任があるんで、それを自覚しなければいけません。建築家もそういうところから出発して、需要者について理解しながら、その足りないところを補っていく力量がなければ、建築家とはいえない。需要者と設計者という二者の間にも、十分な信頼と尊敬がなければいかんわけですよ。ところが現実にはそういう地盤がない。つまりお互いに理解し合う共通の地盤がないだけでなくて、両方ともその努力をおこたってきた。公共的な建設の場ですらそれがひどいですね。需要者の方に、確かな文化の質に関する信念も認識もない。すでにそういう事業を計画できる立場の人たちにすら定見があるとはいえない。勉強もない。文化意識とまでいかなくても、美とか真実という人間の求めている最も大切なものにすら訓練があるとは思えない。根は深いですね。

 建築家はそういった需要の上にあぐらをかくんではなくて、彼らとひとつになって作業の方向をつかまなければならないし、その過程で他の脚を触発できるような不断の精進が必要です。建築家とは大工、左官ではない。ひとつのシンフォニーのタクトを振って、どの弦の末端の音でも自分の願うものにして、その全体を統一したハーモニーにもっていくことが仕事なので、そういう力をもっていなければならない。需要者を納得させる力、尊敬信頼される内容は何かということ、そういった日常の鍛錬、裁量していく肚をもっていること、それが指揮者であり、建築家なので、それでなくてどうして建築家といえようというところですね。施工者についても、需要者すなわち、お客と施工者=商人という昔からの関係を続けているようでは相変わらずになります。文化の質となるものをつくる鼎の一本なんだという確信をもっていれば同等に話し合いできるはずで、もみ手の取引はいけません。

 需要者、設計者、施工者の間に間違った階級意識のようなものがあってはいけません。自分たちの歴史や文化のつくっていくものを、それぞれ参加の仕方は違うけれど、共に力を協してつくっているんだという同じ誇りをもっているはずなのです。自分の仕事に確信を持って、やりがいを感じられるようでなければ、いいものはできないですよ。誇りを持つというのは、裏返せば自分に厳しくなければならぬということだし、それだけの勉強も要る。誠実を尽くさなければそこまではいけない。大きい看板をもった所員だからといって、それは誇りでもなんでもない。誇りというのはあくまでも自分のしていることに確信がもてるかどうかということ以外にない。このことは施工者も需要者も設計者も同じです。建築の質というのは、それに参画した人たちが、どこまで誇りをもって全うしたかということで決まってきます。

 専門の学校や大学で四年や五年勉強したからって、建築ができるわけではない。そう手っ取り早くできるものではないということを学ぶのが学校だと思うんですよ。建築の造形にしても、社会的な意味、あるいは歴史を背負っている文化の象徴としての建築に対しているものだということ。それがいかに大変な仕事かという畏れを知るために大学へ行く。人間が自分たちの文化を育てていくためには、どれほど熾烈な戦いをしてきたか、そういう歴史の内容を勉強するために教育が要るんだ。大学を出てもらったところで、鉋ひとつかけられるわけじゃない。われわれだって、釘ひとつまっすぐには打てない。けれどもそのような作業のどのような末端までも理解していないで建物ができていくというのは、ほんとうは不思議なはなしです。鉋をかけ、鋸をひく人たちと同じ場に自分を置くことができ、技術だけでなく人間の勉強をすることにこそ、専門教育数年間の意味がある。実際に建物をつくっていく力の蓄積は、むしろ学校を出てから、たくさんの経験を重ねながら身についてくるものです。

 ところが教師の方も、その大事な「姿勢」つまり技術者としての根本的態度をわきまえさせようというような気構えがない。すでに教師自身にそういった「畏れ」を知るための勉強も経験もない。私はよく若い人たちに、建築は徹頭徹尾物質なんだといってます。このことは、物質を血が通っていないもの、心を持たないものとして扱うことにすでに問題があり、またその物質を使って、生きものでない建築という物質をつくる作業だとしていることが、根本的な間違いだということを理解させたいからです。物質は言葉も怒りも発さないが、それこそ「無心」の犀利をもって、つくっている人間を観ている。施主も設計家も施工者も実は向う側から見られている。常にその質をとわれているのです。呪術や詐術で生きた建物に魂をふき込むことはできないということですね。

 今日の教育が、こういった社会の経済構造と不倫な連携の中で成長していく生産のために、創る人間の尊さも望みも無視しつつ、一方情報化社会のインフォメーションにすぎない、そういうところでいつまでも低迷していては困ります。教師もそういう仕組みの中であぐらをかいていないか。せっかくの建築家の卵も、こういう教育の場では健康には育ちません。

 今日の建築がつくられていく人間的な仕組み、教育などがこのような課題、むしろ錯誤で、もうあとのない断崖まで追いつめられているように思います。せっかくの経済成長も、文化の質として蓄積されたものは希有に近い。世界の二流、三流といわれる国々へ行ってみてつくづく感じるのは、自分の国、富める一流国の貧しさです。

 日本の建築技術は世界のトップ級だという人もあるのですが、私は日本の富の内容と同じような何か寒々としたものを感ぜざるを得ないのです。われわれは、技術にしろ、文化にしろ、安易にナショナリズム謳歌に向かうような驕慢は許されず、根本的に人間の問題へ戻って、初歩からぶつかっていかなければならない。それこそ、さしせまった時にきていることを、わきまえなければいけません。


 これはたしか河内の慈雲尊者の書だと思うんですが、こういった禅語の一行がよく茶事には使われますね。美的生活に凝縮させる空間で、「無事之貴人」に大切な主役を演じさせる。秀吉がつくった金箔貼りの茶室だったら、逆説、シニックなどという現代書生の直線的な、それこそ茶道人に叱られそうな次元の低い理解でも、かえってたのしみがあるかもしれないのですが、さして欲張っているわけでもないのに、こうして「無欲な人こそほんとうの貴人だ」と背中から一喝されながら、日本中でいちばんうまいといわれている鰻をごちそうになっているのは、なんともくすぐったい気持です。たぶん塩粥でも喫したあとでこの一行は書かれたでしょう。それが二百年後に、こうして天下の料亭の床の間に現れるだろうなどとは、さすがの尊者も考えなかったでしょう。

 禅家でいわれているように、「無事」とは無欲のことだとしますと、今われら食鰻居士は、入るべき穴を探さねばなりません。しかし、もしも慈雲さんが、人生究境の目標はあらゆる対立、因果を越えた真実への帰依にあるんだ、つまり生命の真相を自覚することを「無事」だといってくれるんだとしたら、この一行書から、十分ありがたい示唆がいただけるわけですし、せっかく腹中の鰻公にもまさに浄福ありということになります。

                              「approach」1973.spring 竹中工務店発行 より
02:30 | 白井晟一に関する資料 | comments(1) | trackbacks(0)
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成田から帰宅するバス中、読ませていただきました。いつも自分の仕事の目的を見失わず前に進める気がします。ありがとうございます。
Posted by: Takeshi Nagasaki |at: 2012/08/01 9:48 PM








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