Entry: main  << >>
反復・イロニーの様式 断片・その2

 ドラマティック・イロニー

 

 「その〈イロニー的な語り口の〉言辞はおそろしいほど真剣であるが、しかし事情を知っている聞き手は、その背後に潜んでいる秘密に通じている。だがまさにそれによって、イロニーはまたしても止揚されるのである。真剣に考えていもしないことを真剣に言うことが、イロニーの最も一般的な形式である。」このようなイロニーの恰好な例を、大山俊一が「ハムレット」の「魚屋のシーン」におけるハムレットとボローニアスのやりとりを例にあげて解析している。(大山俊一『ハムレットの悲劇』篠崎書林)そこでハムレットはボローニアスに対してかれの狂気を真剣に演じてみせる。それは「偽装」であるという点で「真剣」ではないのだが、事情を知っている観客とはちがって、それを知らないボローニアスにとまどいながらもハムレットの狂気を信じさせるほどに「真剣」であり、ボローニアスがそう受け取るのは無理もないと観客に納得させるほどに「真剣」である。同時にその「真剣」が「偽装」と承知している観客は、ハムレットの表現の重層的な含みや毒気、そして精神の緊張を理解することになる。

 このイロニーはドラマティック・イロニーと呼ばれるもので、劇中の当事者と観客の間に、知らされている事実にハンディキャップをつけることにより、一つの表現が全く異なったニュアンスを持つように企てられており、観客はボローニアスの身になってみたり、あたかも神のように全体への眺望や事実を知らされている観客本来の立場にもどったりしながら、その二重構造自体を楽しむのである。

 この二重性はより厳密にみれば、一方が神的なものあるいは全体的なものであり、もう一方は固有の特性をもった個体的なものである。つまりそこでイロニーが生ずるのは単に質の異なった対象に同時に表現するからではなく、個体的な劇中人物と全体的な理解をもつ観客に同時に表現を完了しなければならない状況に呼応するためである。

 

(中略)

 

 さて、「真剣に考えていもしないことを、真剣に言う」イロニーにたいして、もう一つのイロニー、いわば「真剣に考えていることを真剣に表現する」イロニーを忘れてはならない。このイロニーも生と表現の分裂と矛盾を前提としており、真剣に考えていることを真剣に表現しようとすればするほど、自らがその表現において、いかに真剣でないかを思い知らされるという表現者の葛藤を反映して、なおかつそこで真剣に表現しようとするものである。この例をやはり「ハムレット」のよく知られた台詞、 to be or not to be に見とめることが出来る。ハムレットはこの言葉を発した瞬間からその言葉の不真実性に苦しむことになる、というよりもその苦しみはすでに台詞に内包されている。それはこの台詞がそれまでのドラマの流れを収斂するものでありながら、同時に文脈からはみ出す特異性を帯び、不協和音を響かせる。それまで単に劇中の主人公だったハムレットが突然その枠から踏み出して、生と死をはかりにかけなければならない人間の悲劇性を観客が自らの中に問いかけることを求めるのである。ドラマの傍観者でしかなかった観客に、この言葉にたいして当事者であることを求め直接語りかけるのである。

 このイロニーは敷衍すれば、全体的なるもの、歴史や文化や民族にたいする通念的な文脈からはずれた特異性として表れるものであり、それ自体の固有な重みによって人々と関わり、定まった因果律や一般的な全体観によって理解されることを拒絶する傾向をもち、生を個別化しようとする表現により新たな文脈を開示しようとする意図をもつ。これは生に対する表現の「偽装」による傷口から生れるものであり、自らの表現と否定的に関わることによって生へ回帰しようとするつよいテンションをもつ。

 表現の真剣さをめぐるイロニーの二つの面をとりあげた。一は表現の個体的性格と全体的性格の同時的共存から生じるイロニーであり、一は表現の生にたいする「偽装」の認識から生れるイロニーである。どちらも表現というものの構造そのものに由来し、そのことによって表現というものの構造を開示するイロニーである。(「イロニーの様式」供p80-82)

 

                      

 

22:50 | 白井磨パーソナルブログ 「柊心居にて」 | comments(1) | trackbacks(0)
スポンサーサイト
22:50 | - | - | -
Comment
こんなテクストでしたっけ?

はじめまして。
Posted by: s |at: 2017/05/25 5:40 AM








Trackback

Calendar

    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>

Profile

Link

Entry

Comment

Trackback

Archives

Category

Search

Others

無料ブログ作成サービス JUGEM

Feed

Sponsored Links