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メモ 「近代の超克」批判の歴史

 米谷匡史氏の竹内好の「近代に超克」をめぐる論考(カッコ内)から 

 そこで唱えられた「近代の超克」と「世界史の哲学」は「〈一五年戦争〉期、とくに〈大東亜戦争〉期の日本の動向を、近代をのりこえ、アジアを西洋の植民地支配から解放する先駆けたるべきものとして整除する言説」だった。しかし問題はそのような言説、理念が帝国主義日本の侵略や植民地政策の現実と表裏をなしていることだった。戦後になって当然この矛盾する表裏が対外戦略、植民地支配に対する批判と「アジアを植民地支配から解放するという戦争目的の擁護論」となって対立反発が繰り返された。(「世界史の哲学の帰結 戦中から戦後へ 『現代思想』1995.01.)  

 

  磯前順一氏の「近代の超克」論から

 竹内好の「近代の超克」における日本の知識人に対する最大の批判点は「アジア太平洋戦争の敗北によって、日本はアジアの植民地を失ったわけだが、同時にみずからを西洋の一部として見なすことで、自分がアジアの一員であること、そして西洋との葛藤を抱えて存在してきたことをも忘れて」「アジアと西洋の間に存在したアポリアを忘却してしまったこと」だったと指摘する。言い換えれば「自分たちと西洋の近代主義者を同一視することで、自らの身体や感情をどのように扱ったらよいかという問題を等閑視」してしまったというものだった。(『閾の思考』法政大学出版局 2013.08.)

 

 

17:47 | 白井磨パーソナルブログ 「柊心居にて」 | comments(0) | trackbacks(0)
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