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保坂陽一郎先生を偲んで

                             保坂陽一郎先生を偲んで

 

 保坂氏はまだ東大の学生だった時に、委員長を務めていた学生会議での講演を依頼に来られたのがきっかけで父との交流が始まったと聞いている。そのころ前後して同じような用件で原広司氏や黒川紀章氏が父を訪ねられている。僕がきちんと保坂氏にお会いしたのはすでに1980年代になってからで、静岡の石水館−静岡市立芹沢げ霹術館が竣工したときに父に言われてご案内した時だったと思う。確かそのあと市内で鰻の蒲焼きをご一緒した。余談だけれども父は完成した石水館に特別の思い入れがあったようで、日本女子大の小川信子氏や早稲田大学の池原義朗氏に若い人たちに見せてあげてほしいと電話をしている。その中に藤井正一郎氏や保坂氏もおられた。現場に残って後の処理をしていた私がそのたびにご案内することになった。池原氏はその時のことを虚白庵とあわせてエセー集「光跡」に書かれている。保坂氏は私がお願いして『白井晟一研究』の犬如嵎匹魍く 二つの美術館をめぐって」を寄稿していただいた。

 父が亡くなって虚白庵にとどまったのは私一人だったが、もともと付き合いも悪く愛想もないということもあり、生前父と交流のあった方々とお付き合いすることもほとんどなかった。例外が「白井晟一全集」をご一緒に作ったが完成を待たずに亡くなられてしまった宮嶋圀夫氏と、保坂氏だけだった。一人で仕事を始めて間もなく行き当たったトラブルで裁判の原告に立たざるをえなくなった時にご相談し、建築専門の法律家をを紹介してくださったのが保坂氏だった。その後はお会いする機会はなかったが、退官され設計事務所を閉められてからも、著作や作品集をお送りくださったり、一言添えた年賀状を欠かさずいただいていた。先般製作して出版したシリーズ「白井晟一の建築」にもいつもコメントをいただいた。

 建築界との付き合いもないせいか、一昨年2016年の暮れに亡くなられていたことを知らずに今年も年賀状を差し上げていた。遅ればせながら、生前変わらずいただいたご厚志に心からお礼申し上げ、ご冥福をお祈りいたします。

                                                    白井磨

18:54 | 白井磨パーソナルブログ 「柊心居にて」 | comments(0) | trackbacks(0)
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