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加藤典洋と白井晟一

 晶文社刊行の『白井晟一の原爆堂 四つの対話』は最初に原爆堂計画というものを白井のエセーから解説する拙論「言葉と建築 白井晟一の戦後と原爆堂構想」をかわきりに、原爆堂というものを岡崎乾二郎「建築の覚悟」、五十嵐太郎「社会と建築家の関係」、鈴木了二「建築が批評であるとき」、加藤典洋「未来と始原の同時探求」の順に四人の方に語っていただいた原爆堂論、白井晟一論で構成されている。

 岡崎氏は2011年の「白井晟一展」にぶつけるように『美術手帖』の2及び3月号に「芸術の条件 白井晟一という問題群 上、下編」で原爆堂、ノアビル、懐霄館を中心に本格的な白井晟一論を世に問われた。五十嵐氏は2016年の建築人文学的な著作『日本建築入門 近代と伝統』で原爆や民衆などの章を設けその中で原爆堂と白井のエセー「縄文的なるもの」をとりあげて解説されている。鈴木氏は1982年に『白井晟一研究 検戮如岼貂の白いパンフレット 批評としての建築「」というタイトルですでに原爆堂を論じられている。白井晟一を論じる中で原爆堂について触れられることはあっても、原爆堂をテーマとして掲げられた論考は他には1974年の小能林宏城氏の「新生の空間」(『白井晟一の建築』中央公論社)くらいであったように思う。

 そういうわけで3人の方は既に原爆堂を論じられているが、加藤氏は語られている内容を見るととても初めてとは思えないが、今回初めて原爆堂や白井晟一をテーマとして考察し迫真の言及を展開された。個人的には加藤氏の原爆堂論でなによりも魅力的だったのは原爆堂とエセーの解析から白井の人間像、人間性にまで至っていることだった。加藤氏はこれまで日本の戦後社会、戦後文化における様々な人間像を浮かび上がらせて来られたが、そのような同時代を生きた一人の人間として白井の実像に迫っている。

 原爆堂を白井の現実との対し方、考え方が象徴的に現れているものとして捉える加藤氏の原爆堂論はまず、現実との間に橋のかけられている理念(統整的理念)と、その橋をいったん落として「自分の生きている間には実現できないかもしれない」が「自分たちにとって、人類にとって必要」な目標としての理念(構成的理念)の二つの種類の理念があることを解説し、原爆堂計画がその二つの理念の二重構造を持っていることを指摘されている。そしてもう一つの大きな指摘は吉本隆明の外在史と内在史の理論を引きながら、原爆堂計画の未来へ向かう思考と「縄文的なるもの」の始源に向かう思考が同じ思考空間の中で同時に行われていることを重視し次のように述べられている所である。「原爆を落とされたという経験がある中で、世界の未来の祈念に向けて構想しようというのであれば、それを支える自己省察、おのれの文化の源泉への態度は、どのように深く厚いものでなければならないか。」

 

 

 

 

 

23:09 | 白井磨パーソナルブログ 「柊心居にて」 | comments(0) | trackbacks(0)
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