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栗材の風雪—すやの改造に寄せて

 栗材はときになぐりの中柱や框として使われることはあっても、数寄屋を中心とする伝統的な日本建築の主要な役割を演ずることはなかった。耐久性にも優れ水にも強いことは知られていても、杉やヒノキ中心の針葉樹文化の中では扱いにくいめんどうさばかりの目立つ素材だった。短く切って鉄道の枕木にしたり井戸の井桁にするのが主な用途だった。性質が強いばかりでなく豊富に含まれたタンニンはやがて時とともにつやのある褐色をもたらし深い味わいを生む。あるいは桐にも似た品のよい質感を高く評価して、数寄屋の伝統を克服する創造的な日本建築を晶化させるために建築家として積極的に用いたのが父の白井晟一だったが、その作品を通じて私にも馴染みの深い素材だった。

 栗は言ってみれば辛口の素材である。そっけなく剛毅の気質に富んでいる。人に媚び時代に媚びることを疎んずる心情にこれほど心地よい厳しさと静かな安心の感応を誘う木材はないと思われるほどである。品位ばかりでなくつよい野生の共存するところに尽きない魅力がある。人工的なものへの理性を逸脱した思い上がりを怪しむことも知らない世界に対しては反骨無双の素材である。

 改造の話があってすやの建物をあらためて見ると、たしかに処々にいたみが目立ちファサードの水平もかしいでいる。朽ちていくもののもつ宿命的なわびしさはいかんともしがたいとはいえ、そこにしかない唯一の店構えとして長い時間風雪に耐えて生き続け、胸を張って使われていることにより、けれんみのない存在感が生まれていた。前面道路の幅員拡張という市の決定がなかったら、本当に朽ち果て崩れ落ちるまでそのままの形で維持されることを願っていただろう。

 私に課せられたのは建物が時をこえて保持してきた気骨と、いたずらに梲(うだつ)を上げることに腐心しようとはしない分別を基盤にもつ楚々とした構えをどう生かすかということだった。ご主人をはじめとするすやの方たちと話を重ねるうちに、そうした気骨と理性を人として現実に生きておられることがおのずと知らされた。もとより時代の流行や通念との付和雷同や迎合からは遠く、家と店の伝統をいたずらに建物の表面的な形に託して固執されることもなく、受け継がれそしてみずから生きてきた空間に対するおおらかで揺るぎない愛情、自然な自覚に、私はただ啓発されることさえできればよかった。その人と空間の中で、二百有余年守り続けられた建物の改造を栗材で実施することに迷いはなかった。

 私に改造設計の話をもちかけられたのは、大切に思っていたすやの建物が壊されるのをわが身のことのように心配された木工家の早川謙之輔さんである。私が設計に関わっていた石水館(静岡市立芹沢げ霹術館)で三百坪余の楢の木天井を、製材、乾燥、加工まで引き受けて張り上げられるのを目の当たりに見て以来、木に対して体を張って生きてこられた経験と力量、真摯な姿勢に敬意を表してきた私にとっては、その意味でも最初から気の張る仕事だった。早川さんはヒノキや楢とともに栗を大事な素材として使ってこられた。十四年前すやのファサードの中央に設けられたウィンドウも、その他のケースもすべて栗材で作られてきた。私が栗材を選んだのもいざとなれば早川さんの指導や助力を得られるという安心が働いていたことは言うまでもない。秋の新栗の栗きんとんの発売に間に合わせなければならないという早急なスケジュールの中で、棟梁の大脇正さんたちは解体を進めながらも良質の栗材を集め、手鋸、手鉋で入魂丹念に施工を実施された。ウィンドウのスクリーンは浅野厚子さんにより栗皮を使った草木染である。

 天然の味わいと甘みをやさしく心楽しい菓子に作り上げられる仕事も全く同じなのだろうと思うが、栗材を用いたすやの改造も、人としての出会いと、敬愛と信頼に導かれた作業の中で初めて可能であった。それでなければ生まれ育ちようのないもの、時に耐え時に動ずることのないものを今あらためて見つめたいと思う。

 

 

(今年も栗の季節になった。書類をかたずけていたら1985年に木曽中津川の栗きんとんの著名な老舗「すや」を改造した

 時に、すやの方に乞われてパンフレットに書いたものが見つかった。)

 

00:12 | 白井磨パーソナルブログ 「柊心居にて」 | comments(0) | trackbacks(0)
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