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町ー小さな小鳥屋さん

 

           町 ― 小さな小鳥屋さん

 

 子供のころから近所に小さな小鳥屋があった。商店街や駅に行く途中でよくその前を通った。二間ほどの間口に引き違いのガラス戸が四枚はまっただけの小さな店で小鳥もそれほどたくさんいるというわけではなかったが、大人も子供も客はよく入っていた。暖かい季節には戸が開け放たれて小鳥たちのさえずる声も聞こえてきた。あるじは白い顎ひげをたくわえた老人だった。学者か学校の先生のような風貌で、小鳥と話す仙人のようにも見えた。客のいないときは天井からぶらさがった裸電球の下で、小さな椅子に腰かけて本を読んでいることが多かった。かれの足元ではよく小さな女の子が遊んでいて娘のように見えたから、今考えてみると見かけほど老人ではなかったのかもしれない。隣には小さな庭をはさんで質素な家があり、細君らしい女性が縁側で洗濯物をたたんだりつくろい物をしたりしていつも働いている姿が、丈の低い生垣ごしに見えた。誰でも前を通ればその家のことがなんとなくわかるようなたたずまいだったのである。

 時が流れ、あるじの傍らにいつもいた少女も大人になっていつの間にか姿を見かけなくなった。小鳥屋のあるじはそれまでと変わらずいつものように小鳥のえさを作ったり、小鳥や客と話したりして同じように仕事を続けていた。何年かして娘が母親の小さい時とそっくりな2,3歳の女の子を連れて帰ってきてまたずっといるようになった。それからしばらくして小鳥屋のあるじが亡くなった。張られた黒枠の喪中の紙がさびしかった。だいぶ長い間店も隣の家も静まりかえって暗く閉ざされていたように思う。しかしあるとき前を通ると、細君があるじのすわっていた椅子に腰かけて店番をしている姿を見るようになった。戻ってきた娘も交代で店を守るようになった。

 時代とともに小鳥を飼う家も減ってきていただろう。それに彼女らは亡くなったあるじほど小鳥や飼育に詳しくはなかったかもしれない。店を訪れる客は減り、割れたガラスを紙で張ってしのぐようになっていった。しかし彼女らはけっして店を閉じようとはしなかった。客が来ようが来なかろうがいつも母娘のどちらかが店番をし続けた。小さな裸電球が灯っていれば店は開いていた。

 小鳥屋についての記憶が始まるのは、私が小学校に通い始めたころだから半世紀近くが流れていったことになる。そのあいだ私はただの一度もこの小鳥屋の店の中に入ったことも、小鳥屋の人たちと言葉を交わす機会ももつことがなかった。それにもかかわらず、店のガラス戸を通してあるいは低い生垣越しにこの家族の生活や人生を、単なる好奇心というには余りにも長い間、ぼんやりと垣間見続けていたのである。近くにいない親戚や友人たちよりも余ほど近しく、ときには気持ちを動かされながら見続け、記憶に刻み続けていたのである。

 ある時小鳥屋の細君が通りをすこしおぼつかない足取りで歩いているのに出会った。そしてその後を少し距離をおいて娘がついて歩いていた。年老いた母は痴呆をわずらうようになっていたのだ。母親の世話に追われることになった娘は店番を続けることが出来なくなり、店からは小鳥のさえずりが消え、人けもなくなった。やがて母親は亡くなり、店は痛み朽ちるにまかせられて、再び明かりの灯ることはなかった。店を壊して土地を貸しでもすればなにがしかの収入につながったに違いない。しかし娘は母親が亡くなってからも店を手放そうとはしなかった。

 

 半世紀間見続けていた小鳥屋の小さな店も住いも今は残っていない。小鳥屋のあるじの娘と孫娘がどこに移っていったのかもわからない。私には長年住んだ町にそれほど思い入れがない。それが単なる行政区画を越えて町と言えるようなものなのかどうかも疑わしい。しかし通りがかりに垣根越しに目に映り続けていたあの小さな小鳥屋とその人々へ記憶が、私には唯一町というものへの遥かなイメージに向かわせるのである。                                                                                                      

                                                                                                                                                    2008年  秋

 

 

00:23 | 白井磨パーソナルブログ 「柊心居にて」 | comments(0) | trackbacks(0)
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