Entry: main  << >>
石水館の石(静岡市立芹沢げ霹術館)

  以下は『ストーンテリア』vol.2(1985年5月号)で石水館の石について書いたものを推敲して整理した。

 

 静岡市立芹沢げ霹術館(石水館)は後期の代表作として知られる親和銀行本店(長崎県佐世保市)からほぼ10年、白井晟一が遺した最後の石の建築となったものである。(1981年5月竣工)。荒い石が建物の外壁とその外壁と一体化した塀のほぼ全面を覆っている。石は韓国ソウル郊外で産出された赤味のつよい花崗岩で白井が紅雲石と名付けたものだが、本美術館のための採石を最後に閉山されてしまった。(近接する都市部への公害のためときいた。少し先行する渋谷区立松涛美術館の外壁に使われているのも同じ紅雲石である。)

 白井によれば韓国工人の「幼いともいえる企まぬ工法」で約45×21僂梁腓さ、15僂慮さの野面(のづら)加工された紅雲石が積み上げるように築かれた。(『石水館ー建築を謳う』かなえ書房の中で石工事の工程の詳細、白井の石水館における石についての考えも述べられている。)コンクリートの耐震壁に鉄筋で緊結され間にトロモルタルを流し込んで接着する工法は変わらない。しかしタイル状の薄い石板を張り付けるのとは違って、コンクリートと石が互いに補強し合って作られた厚い壁は、視覚に訴えるだけのデザインではなく五感に応えようとする意志に基づく意想の現われでもあった。

 白井は多様な石を多様な手法で建築に用いたが、合理主義的な意匠を偏重する建材化に向かう一般的な傾向とは対峙して、石の歴史的な文化(ヨーロッパの石造だけでなく日本の石積みの文化を含めて)への関心と洞察をベースに石が本来備えている特質を追求する形で独自の石の建築に向き合った。

 彼の石の建築の中でも石水館に特徴的なのは、外壁の荒い石にとどまらず内部の重要なパートのほとんどを(室と室を繋ぐ開口の枠や床のボーダーなど)一つの石種ー紅雲石で統一している点である。与えられた形や役割に応じて本磨きや水磨き、ノミ取りやビシャン、バーナー仕上げが選ばれ、石の表情が空間の質と緊密に結びつきながら変化する。均一性と多様性の巧妙な交錯と協奏が石水館全体の特質だと言える。ちなみに半地下で八角形塔状の象徴的な空間G室とその前室F室に用いられた黒御影石はインド産、外の池の底石は中国産の玄昌石で、韓国産の紅雲石とともにいずれもアジアの石が選ばれている。           

                                                      白井磨 

 

 

 

 

 

15:00 | 白井磨パーソナルブログ 「柊心居にて」 | comments(0) | trackbacks(0)
スポンサーサイト
15:00 | - | - | -
Comment








Trackback

Calendar

1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< December 2019 >>

Profile

Link

Entry

Comment

Trackback

Archives

Category

Search

Others

無料ブログ作成サービス JUGEM

Feed

Sponsored Links