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狭間からの視点

                               2011年1月31日のブログから

              歴史を見る目

 

 歴史を見ていると、名を遺したその人物がいなかったとしても、同じような歴史的役割を果たすような人物が別に登場していたに違いないと思うことがある。少なくとも社会や時代との関連性を抜いては、歴史的な個人についての解析や理解は客観性を失う。異端や孤高、あるいは哲人建築家というような言葉で特殊化されてきた白井晟一という存在が、例外的あるいは唯一的でさえあったことが、しかし社会的にどういうことを意味していたかということは論じられることがなかった。私には時代や社会が求めていなければ白井晟一という建築家は存在し得なかったと考えるようになっている。
 
 前川國男、丹下健三という両巨頭を筆頭に展開していた戦後の建築界で、主流となったモダニズムやインターナショナルスタイルの対称軸として白井が捉えられたのも、かれが声高らかに近代主義批判を展開したからではない。実際かれはそのような論陣を張ることはなかった。むしろ単一な思想だけで流れることに対する危惧が潜在していて対称軸が求められていたから、先ずそれがあって、そこに格好の建築家が現れた、という順序の方が相応な見方であろう。そういう役を担うようになったのは、そのような役が必要とされたからであり、突出した個性がそのような役をつくりだしたからではない。多くの白井晟一論はしたがって入口で終わってきた。白井というような存在を育てさえした時代や社会への視線を欠き、解析しなかった。求められていたのは白井晟一というような建築家を生んだ時代と社会への視点だった。

 その効果もあって、戦後の建築家の中でも、白井は今この時代最も遠い存在になっているかもしれない。しかし興味深いのは、白井晟一展がわずかに開いた場の周辺で表象されてきている論説のなかには、明らかに30年まえとは異質な解析や論考が展開されてきている点である。叙述される歴史に本来求められる批判的な知をベースに、ようやく歴史を活性化する対話の存在が見え隠れする。 

23:24 | 白井磨パーソナルブログ 「柊心居にて」 | comments(0) | trackbacks(0)
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